2014年10月18日土曜日

北海道に渡った伊達主従の足跡を巡る~当別町の祖となった伊達邦直~

日 時:平成26年
12月4日、12月11日
毎週木曜     14:00~16:00   全2回
場 所:札幌市生涯学習センター(ちえりあ) 
2階 中研修室1
受講料:1,900円   定 員:30名

ペリーが黒船で浦賀に来た嘉永六年(1853年)。伊達政宗の系譜で19歳であった伊達邦直(くになお)は、仙台藩一門・岩出山(いわでやま)伊達家10代目を相続していた。しかし、明治元年、戊辰戦争に敗れ、禄高を厳封、城を召し上げられ、家臣の士分をはく奪された。邦直は、家臣を路頭に迷わせないために北海道開拓を決意した。
明治四年、邦直が募った180名と共に厚田郡聚富(しっぷ)に移住するが、作物が実らず開拓を断念。明治5年5月には、2回目の移住者169名を連れて当別に辿り着き、幾多の困難を不屈の闘魂と固い結束により原始林の開墾を果たし、今日の当別の礎を築いた開拓の軌跡を学びます。
また、邦直は桃園と号し、北海道開拓期を代表する歌人でもありました。その歌の数々から、かつての栄華やありのままの自然をうかがい知るとともに、文化人として子弟の教育にも熱心であった、邦直の素顔に迫ります。
(ちえりあ学習ボランティア ホームページ http://chiebora.web.fc2.com/ )


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今甦る「増毛山道」を追う~江戸時代末期に私費を投じた14里1丁~

日 時:平成26年
11月25日、12月2日
毎週火曜     18:45~20:45   全2回
場 所:札幌市生涯学習センター(ちえりあ) 2階 中研修室2
受講料:1,900円   定 員:30名
今、増毛では復元計画が持ち上がっている「増毛山道」があります。
この増毛山道が作られたのは、アメリカの黒船ペリーによる箱館開港や、ロシア
との北蝦夷地(サハリン)国境策定などで騒然としていた時代。江戸幕府箱館奉行所は、当時蝦夷地と呼ばれた北海道各地の請負人に命じ道路建設を急がせました。
 そのような中で、厚田領・増毛領の場所請負人であった2代目伊達林右衛門が1310両の費用を投じて、14里1丁(約54キロ)を2千人余りの人夫を使い、わずか55日間で開削しました。当時を記した古文書から増毛山道の果たした役割と、今も残る広大なる北海道の測量や電信技術の足跡、労苦を学びます。
(ちえりあ学習ボランティア ホームページ http://chiebora.web.fc2.com/ )

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